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金沢地方裁判所輪島支部 昭和51年(ワ)11号 判決

原告 甲野一郎

原告 甲野はな

右両名訴訟代理人弁護士 野村侃靱

被告 乙村冬男

〈ほか二名〉

右三名訴訟代理人弁護士 神保泰一

主文

一、被告三名は各自原告甲野一郎に対し金六〇一万八九一二円、同甲野はなに対し金五二〇万九二一六円及び右各金員に対する昭和五〇年一二月一九日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二、原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三、訴訟費用はこれを三分し、その二を原告らの、その余を被告らの各負担とする。

四、この判決は原告ら勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一請求の趣旨

一、被告三名は各自原告甲野一郎に対し金一三一七万七四二五円及び内金八三八万三六三四円に対する昭和五〇年一二月一九日から、内金四七九万三七九一円に対する昭和五二年三月一九日から各支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二、被告三名は各自原告甲野はなに対し金一一九一万〇一五六円及び内金七一一万六三六五円に対する昭和五〇年一二月一九日から、内金四七九万三七九一円に対する昭和五二年三月一九日から各支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

三、訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決及び仮執行の宣言を求める。

第二請求の趣旨に対する答弁

一、原告らの請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決を求める。

第三請求の原因

一、(傷害致死事件の発生)

訴外甲野太郎(以下太郎という。)は次の傷害致死事件によって死亡した。

1  発生時 昭和四八年六月三日午前一時三〇分ころ

2  発生地 石川県輪島市鳳至下町地内市道上

3  加害者 被告乙村冬男(以下冬男という。)

4  被害者 太郎

5  態様 被告冬男が太郎に対し手拳、足等で殴る蹴るの暴行を加え、同人に脳挫傷の傷害を負わせ死亡させた。

二、(責任原因)

1  被告冬男は、昭和三〇年九月一三日生れで、本件事件当時一七才の少年であったが、その前年の昭和四七年暮ころ輪島市内の飲食店で同店に居合せた太郎に自己の飲酒代金の支払に関し店主に保証して欲しい旨申し込んだが、これを断られたことから、同人に怨恨をいだき、かねてよりその仕返しをしようとしていたところ、前記日時ころ友人五人と飲酒のうえ車に乗って帰宅する途上、たまたま歩行中の太郎を車中より発見し、やにわに車から降りて同人に対し暴力を振るおうとしたが、その際には友人に制止され自宅へ帰ったものの、怨恨の情抑え難く、その想いを晴らすため再度本件現場にとって返し、太郎に対して手拳、足等で殴ったり蹴ったり踏みつけたりする暴行を加え、そのため同人が身動き出来ない程の重傷を受けて路上に倒れたにもかかわらず、何らの救護措置もとらずにその場に放置して、同人を同日午前八時五分ころ脳挫傷により死亡させたものであるから、民法七〇九条の不法行為者として本件損害を賠償する義務がある。

2  被告乙村秋男(以下被告秋男という。)、同乙村春子(以下被告春子という。)は、次のとおり被告冬男に対する監督義務を怠った過失があったから、民法七〇九条の不法行為者として本件損害を賠償する義務がある。

(一) 被告冬男は、被告秋男、同春子の三男として昭和三〇年九月一三日出生し、石川県輪島市立松陵中学校を卒業した後、国立七尾海員学校に入学したが、約三か月後に同校を退学し、右事件当時被告秋男、同春子の共同親権に服し、被告秋男のもとで漁師として働いていた。

(二) 被告冬男は、中学校在学中しばしば喧嘩事件を起し、また窃盗を犯したほか、中学校三年生のころから飲酒、喫煙を始めた。同被告は右七尾海員学校入学後間もなく喧嘩事件等を起し、これが原因で退学したが、昭和四八年五月二九日には友人二名と共に飲食店で飲酒中、その代金のことで立腹し、店主に対しビールをかける等の暴行を働き、警察官に逮捕されたことがあり、また同五一年七月二五日には友人二名と共に無抵抗の者に対し約五回にわたって蹴りつける暴行を加え、約一〇日間の治療を要する傷害を負わせたこともあった。被告冬男の右のような行動等からして、同被告は平素から暴行癖か粗暴な性格を有する少年であったから、被告秋男、同春子は共同親権者として被告冬男に対し普通の少年に対する以上の注意をもって養育監護をして、本件傷害致死事件のような犯罪行為の発生を未然に防止すべき義務があり、そのうえ右事件が自宅の近くで、被告秋男らが出漁する時間に近接して発生したから、被告両名は、他の者の協力を得て、右事件の発生を事前に防止するか、事後的にでも太郎を救護し、死亡の結果の発生を防止しえたのにこれをなさず、被告冬男に対する右監督義務を懈怠した過失があり、その結果被告冬男の不法行為による太郎の死亡及びそのための損害が発生した。したがって、右被告両名は民法七〇九条により右損害を賠償する義務がある。

三、(損害)

1  葬儀費等

原告甲野一郎(以下原告一郎という。)は、太郎の死亡に伴い、次のとおりの出捐を余儀なくされた。

(一) 治療費 金九六九六円

(二) 葬儀費 金三二万九五七三円

(三) 墓石費 金一七万円

(四) 仏壇費 金二五万八〇〇〇円

2  被害者太郎に生じた損害

太郎は、原告一郎、同甲野はな(以下原告はなという。)の長男として昭和二一年七月一六日出生し、同三七年三月一八日石川県輪島市松陵中学校を卒業し、同四二年に成年に達したが、そのころでも同人の身長は一三一センチメートルで、侏儒症といわれたが、中学校時代欠席はなく、健康状態は普通であり、本件事件当時は蒔絵職人として稼働していた。

(一) 太郎が死亡によって喪失した得べかりし利益は次のとおり金一八八二万〇三一二円と算定される。

(死亡時) 二六才

(稼働可能年数) 三七年

(収入) 一日金五〇〇〇円

(控除すべき生活費) 収入の二分の一

(年五分の中間利息の控除) ホフマン単式(年別)計算による。

(算式)5000×365×1/2×20.625=1882万0312

(二) 太郎の死亡による精神的損害を慰藉すべき額は、本件事件の態様、太郎の年令、家庭の状況等諸事情に鑑み、金五〇〇万円が相当である。

(三) 原告両名は太郎の両親としてその相続人の全部であり、その相続分に応じ右太郎の損害賠償請求権を相続したものであり、その額は原告両名につきいずれも金一一九一万〇一五六円である。

3  原告らの固有の慰藉料(2(二)の主張と選択的に主張する。)

原告らは太郎の両親として、同人が蒔絵師となること等を期待していたところ、本件事件によって不慮の死を遂げたため、多大の精神的苦痛を受けた。原告らの精神的損害を慰藉するには各二五〇万円が相当である。

4  弁護士費用

以上により、原告らは各一一九一万〇一五六円以上を被告ら各自に対し請求しうるものであるところ、被告らはその任意の弁済に応じないので、原告一郎は弁護士である原告訴訟代理人にその取立を委任し、その費用及び報酬として金五〇万円を支払うことを約した。

四、(結論)

よって、原告らは被告ら各自に対し、請求の趣旨記載のとおりの各金員及びこれらに対する請求の趣旨記載の各日から支払済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第四被告らの事実主張

一、(請求の原因に対する認否)

原告の請求の原因一の1ないし4は認める。

同二の1中、被告冬男が太郎に怨恨をいだいたとの点(憤りを感じたにすぎない。)、踏みつける暴行を加えたとの点、太郎が身動きができない程であったとの点、被告冬男が太郎に対し救護措置をとらず放置したとの点はいずれも否認し、その余は認める。同2の冒頭部分は争い、同2の(一)は認める。同2の(二)中、被告冬男が国立七尾海員学校在学中に喧嘩事件を起し、退学したこと、昭和四八年及び同五一年に原告ら主張の各暴行事件を起したことは認め、その余は争う。ことに昭和五一年の暴行事件を理由に、本件事件当時被告冬男に粗暴癖があると断定することは正当ではない。

同三の1は争う。同2の冒頭部分は認めるが、太郎は当時蒔絵職人として真面目に稼働していたとはいえない。同2の(一)、(二)は争い、同2の(三)、同3中の原告らと太郎との身分(相続)関係は認め、その余は争う。同4は不知。

二、(被告冬男の責任能力に関する主張)

被告冬男は、昭和三〇年九月一三日生れで、本件当時一七才に達していて、知能等は同年令の普通の少年と同等程度であったから、責任能力を有していた。したがって、民法七一四条の規定によって、被告秋男、同春子は、被告冬男の行為によって生じた損害を賠償する義務はない。

三、(監督義務等に関する主張)

被告冬男は、本件事件の発生のころまでは、積極性のある元気で、朗らかな少年であったが、性格が粗暴であったとか、暴行癖があったということはなく、日頃両親の指示に従い、父、兄らと共に漁船に乗り込み、漁師として働き、父兄から働き者と評されていた。このように被告秋男は、漁業を共同で行うことを通じ、被告冬男と対話し、親権者として適宜指導監督していたもので、同被告の行為を放任していたことはない。被告春子も被告秋男を助け、監督をしていたものである。

被告秋男、同春子は、本件事件当時被告冬男が太郎と交際していたこともなかったので、同被告が太郎に対し不満や悪感情を抱いていたことを予見せず、また予見しなかったことにも落度がないから、具体的に本件傷害致死事件の発生を防止するよう被告冬男を指導監督しなかったとしても監督上の過失があったとはいえない。

仮りに、被告秋男、同春子に監督義務懈怠があったとしても、それと本件事件の発生及び原告らの損害の発生との間に相当因果関係はない。

四、(過失相殺の抗弁)

太郎は、本件事件の以前に、飲食店でたまたま顔を合わせた被告冬男に対しその若い心を傷つけるような侮辱的な言辞を弄したことがあり、そのため被告冬男は右訴外人に憤りを抱き、これが原因で本件事件に至るような暴行行為に及んだものである。右のとおり、本件の発生については太郎の過失も寄与しているから、賠償額算定に当ってはこれを斟酌すべきである。

第五抗弁に対する認否

争う

第六証拠関係《省略》

理由

一、傷害致死事件の発生

原告らの請求の原因一項記載のとおり傷害致死事件(以下本件事件という。)が発生したことは当事者間に争いがない。

二、責任原因

1  被告冬男は、昭和三〇年九月一三日生れの男子であるが昭和四七年末ころ石川県輪島市内の飲食店において同店に居合わせた太郎との間の諍い(原告らは、被告冬男の飲酒代金に関し、太郎が右被告からの保証依頼の申出を拒んだにすぎないと主張し、被告らは太郎が右被告に侮辱を加えたと主張する。)が原因で、太郎に対し悪感情(原告らは怨恨と主張し、被告らは憤りと主張する。)を抱き、それ以来その仕返しをしようとしていたところ、本件事件発生の日時ころ飲酒のうえ自動車で帰宅途上たまたま道路を歩行中の太郎を発見し、直ちに降車して同人に暴力を振るおうとしたが、友人から制止され、一たんは帰宅したが、再度前記の本件現場に戻り、太郎に対し手拳、足等で殴打、足蹴等の暴行を加え、同人に脳挫傷の傷害を負わせ、同日午前八時五分同人を右傷害等が原因で死亡するに至らせたこと、被告冬男が本件事件当時事理を弁識するに足りる能力(責任能力)を有していたことはいずれも当事者間に争いがないから、被告冬男は、不法行為者として、民法七〇九条により、本件事件により原告らに生じた損害を賠償する義務がある。

2  次に、被告秋男、同春子の賠償義務について判断する。

右被告らは、被告冬男は本件事件当時責任能力を有していたから、同被告の親権者である被告秋男、同春子は、右被告が不法行為によって加えた損害につき、民法七一四条によりこれを賠償する義務を負うことはない、と主張するが、原告らは、被告秋男、同春子に対し、民法七〇九条の不法行為者として賠償請求しているものであるし、一般に、未成年者が不法行為を行ない、第三者に対し損害を与えた場合に、右未成年者が責任能力を有していても、その監督義務者に義務違反があり、これと未成年者の不法行為によって生じた結果との間に相当因果関係があるときは監督義務者は民法七〇九条の不法行為者として賠償義務を負うと解すべきで、民法七一四条の規定は右解釈の妨げとはならないというべきであるから、本件において被告冬男は右のとおり責任能力を有してはいたが、このことから直ちに被告秋男、同春子の賠償義務がないとはいえず、右被告らの前記主張は採用しえない。

そこで、被告秋男、同春子の監督義務懈怠の有無及びこれと本件事件による結果との間の相当因果関係の存否について検討することとする。

被告冬男は、被告秋男、同春子の三男として昭和三〇年九月一三日出生し、石川県輪島市立松陵中学校を卒業して、国立七尾海員学校に入学したが、在学中に喧嘩事件を起し、入学の約三か月後に退学し、本件事件当時は被告秋男らのもとで、右被告らの共同親権に服し、漁師として稼働していたこと、昭和四八年五月二九日友人二名と共に飲食店で飲酒代金のことで立腹し、同店主に対しビールをかける等の暴行を加えたこと、同五一年七月二五日友人二名と共に通行人に対し暴行を加え、約一〇日間の治療を要する傷害を加えたことはいずれも当事者間に争いがなく、右争いのない事実並びに《証拠省略》を総合すると、次のとおりの各事実が認められる。

(一)  被告冬男は、被告秋男、同春子の三男として昭和三〇年九月一三日出生し、兄弟姉妹として、兄竹男(昭和二五年八月二七日生)、兄松男(同二七年二月一三日生)、弟梅男(同三二年一二月二三日生)、姉月子(同一九年六月七日生)、姉星子(昭和二七年一〇月四日生)がいて、昭和四八年六月当時父である被告秋男所有の漁業用船舶に乗船し、同被告、右竹男、松男と共に漁業に従事する、身長一六八センチメートル、体重六四キログラムの少年であった。

同被告は、昭和四三年四月から同四六年三月までの間石川県輪島市立松陵中学校に在学したが、その間校則に違反した事実を同校の教師に確認され、数回喧嘩事件を起したほか、同校三学年時の昭和四五年ころから飲酒、喫煙を始め、同年七月ころには輪島市内の店舗に夜間侵入し、食料品を窃取する窃盗事件を犯し、警察に検挙される等、非行化する傾向が目立ち始めた。

同被告は右窃盗事件につき金沢家庭裁判所七尾支部において審判の結果不処分とされたが、被告春子はその際保護者として右裁判所まで出頭し、審判に立会っている。

被告冬男は、昭和四六年四月国立七尾海員学校に入学したが、同校の上級生との間で三回にわたって喧嘩暴力事件を発生させ、これが原因で、同年七月には同校を中途退学した。

(二)  被告冬男は、昭和四七年一一月下旬ころ友人二名と共に輪島市内の飲食店二軒で飲酒したのち、同市河井町五部一番街の飲食店「ふるさと」で、ビール一本、酒二本位等を飲んだが、その際自分としては持金が少なかったと思い込んでいたので(しかし右飲酒代金は友人の一名が当日支払っている。)、同店経営者に右飲酒代金を所謂ツケにするよう頼んだが、これを拒絶されたところ、丁度その場に以前からの顔見知りで自己と同じ輪島市海士町の出身である太郎が居合せたので、同人に対しても右ツケの保証人になってくれと頼んだが、同人がこれを拒絶して支払を促すような発言をしたため、被告冬男は憤激し、同人に対し「金持ってきたらただでは済まんぞ。」と申し向けた末、同日は帰宅したが、被告冬男は右事件以来太郎に強い憎しみ、腹立ちの感情を抱き、これを晴らすため、機会があれば暴行を加えようと考えていた。

(三)  同被告は、昭和四八年六月三日にも友人二人と共に輪島市内の飲食店で飲酒中、同店経営者に些細なことから腹を立てコップに入ったビールをかける暴行を加え、この事件で警察に検挙されたが、本件事件当時その処分は決定されていなかった。

(四)  同被告は、本件事件の前日である昭和四八年六月二日は午前中漁業の準備のための作業をし、午後は麻雀遊戯等をして時間を過し、午後九時三〇分ころから友人である輪島市○○町○町××番地の山川五郎方において同人、自己の父である被告秋男の従兄弟である海村八郎(昭和二九年七月一五日生)ら五名と共に日本酒一升五合余、ビール約一〇本を飲み、翌三日午前零時三〇分ころ山川、海村と共に食事をとるべく、右山川方を出、同人の運転する自動車に同乗し、同人方の南方向の熊野病院前交差点付近に差しかかった際、同所付近路上を太郎が歩行しているのを発見し、前記飲食店「ふるさと」での出来事を思い起し、同人に対し暴行を加えようとして、右山川に自動車を停止させ、直ちに降車して太郎に近づき、その胸倉を掴んで殴りかからんばかりであったところ、その気配を察知した右山川、海村が被告冬男を背後から抱きかかえる等してこれを制止したため、その場ではそれ以上の暴行に及ぶことなく、その後右山川の自動車に再び同乗して肩書地の自宅に至ったが、同所で右山川の運転する自動車が停止するや、再度太郎に暴行を加えようとして、直ちに降車して先に太郎を発見した場所方向に急行し、前記熊野病院前付近を捜索した末、ついに輪島市○○町○町×××番地甲野二郎方裏路上を歩行中の太郎を発見し、直ちに同所で同人に対し顔、頭を手拳で数回殴打した後、同人を同所の北側で、輪島漁業協同組合倉庫裏の空地に連れ込み、同所でさらに顔、頭を同様約二〇回殴打し、また胸、腹部を数回蹴りつけ、太郎が右空地前の路上に逃れるのを追い、さらに数回殴打したため、同人は路上に転倒したところを、なおも約五回足で蹴りつける暴行を加えるに及んだ。その際、その場に兄である前記竹男が来て、被告冬男を自宅方向へ連行したところ、前記海村が来合せ、右竹男が右海村に対し太郎が転倒している場所を指し、太郎を頼む旨依頼したため、海村は同所に赴いて、様子を見たが、太郎は自力で立ち、歩行することはおぼつかない状態であったので、その救助等を第三者に依頼した結果、太郎の母である原告はなに連絡され、太郎は同原告らの手によって右転倒地(被告冬男に殴打等されて転倒した地点から、海村らの手によって前記空地寄りに移動させられていた。)から輪島病院に収容されたが、三日午前八時五分ころ死亡するに至った。

(五)  太郎は、被告冬男から右のような暴行を受け、これがため頭部、顔面打撲による硬膜下、くも膜下出血と血液の気道内吸収による窒息が原因で死亡したものであるが、右傷害を含め被告冬男の暴行による受傷状況としては、頭部、顔面にかけての多数の打撲傷、後頭部右側頭骨の亀裂骨折、広汎な硬膜下出血、くも膜下出血、左第七、第八助骨骨折、胸部皮下の十数個の皮下出血、胃の下縁における腸間膜出血が見られた(被告冬男の太郎に対する暴行が多数回にわたり強い力で、執拗なまでに行なわれたことが推認される。)。

(六)  被告冬男は、昭和五一年七月二五日友人二人と飲酒したうえ、午後一一時二〇分ころ輪島市内の路上を通行中、おりから通り合わせた二九才の男性に対し何らの理由もないのにその顔面を数回殴打する等の暴行を加え約一〇日間の治療を要する傷害を負わせたことがある。

右の各事実が認められ、この認定に反する証拠はない。

以上に確定した各事実並びに前掲各証拠を総合すると、被告冬男は、中学校在学時から規範意識が低く、非行化する傾向が窺われ、そのころから短気な性格と同被告の居住する地域社会の風潮とが相まって粗暴な挙動に出る習癖が形成され始め、成育するにしたがい、殊に飲酒時に右傾向が顕著にみられるようになり、本件事件当時には極く些細なことにも憤激して暴行行為に及ぶ少年であったから、その共同親権者である被告秋男、同春子としては、被告冬男が中学校在学中に窃盗事件を起した際、被告春子が金沢家庭裁判所七尾支部に被告冬男の保護者として審判に立合い、審判官らから被告冬男に対する指導監督を促されたことがあったことからしても、平常から被告冬男の動静を充分観察注意し(必要ならば、被告冬男の兄らの協力を得べきである。)、前記のような被告冬男の性格、行状等を適確に把握したうえ、これに対応して、同被告に対し、その生活態度全般の適正化をはかり、特に夜間の外出や外泊などを許さず、可能な限り、親権者の直接の監督下に置き、非行に及ぶことのないよう指示することのほか、飲酒についてこれを全面的に禁ずるか、仮にこれを容認するときは飲酒場所、時間等について適切な指導を行ない、また被告冬男の兄竹男(同人は被告冬男の家庭外の行状をある程度把握していた。)、同松男、あるいは被告冬男の友人である海村八郎、山川五郎らに協力を求め、被告冬男が特に家庭外で粗暴な行動に出ることを防止するため、その指導監督の全きを期すべき注意義務があったのに、被告秋男、同春子は、被告冬男に粗暴な行動に出る習癖のあること等を始め同被告の家庭外での行状について正確な認識をほとんど持たず、生活全般に対する適切な指導もなく、飲酒についても、「仕事に支障のない程度にせよ。」との注意のほかこれを黙認し、被告冬男がなすがままに放任していたものであり、少なくとも被告冬男の飲酒時の行動につき、同被告の兄竹男あるいはその友人らに同被告に対する指導監督を依頼していたならば、本件事件の発生に至るまでの経緯に鑑みて、事前に被告冬男の太郎に対する暴行を察知して、これを防止しえた状況であったと認められ、右被告両名には被告冬男に対する監督上の義務違背があり、これがため被告冬男が本件事件を惹起させたものというべきである。

被告秋男、同春子らは、その監督義務違背と被告冬男の本件不法行為による太郎らの損害発生との間には相当因果関係がないと主張するが、右判示の被告秋男らが負っていた監督義務の内容、前記確定の各事実等、殊に被告冬男の性格、行状、飲酒状況からして、被告秋男らが共同親権者としての前記のような監督義務を尽さず、被告冬男の行動を放任しておくときは、本件事件のような飲酒のうえ他人に暴行を加え、その結果死亡に至らせることのあるべきことは通常予見しうべきこと(現に、被告冬男の兄竹男は、同被告の本件暴行を目撃した際、「また飲んで喧嘩したのだな」との軽い気持でいたと述べており、被告冬男が飲酒のうえ暴行事件を起すことを予見していた、と認められる。)と認められるのであり、被告らの右主張は倒底採用しえない。

3  被告らは、太郎が昭和四七年一一月輪島市内の飲食店「ふるさと」において被告冬男に対し侮辱的な言葉を述べ、これが本件事件発生の一因となったと主張するが、右「ふるさと」での状況については既に認定した(2(二))とおりであるところ、右事実によると、太郎は被告冬男の依頼を拒絶して、飲酒代金を支払うべきことを述べたまでで、これは被告冬男を侮辱したことには当らず、他に被告らの右主張事実を認めるに足りる証拠はない。

4  右のとおりであるから、被告三名は、太郎に対する共同不法行為者として、民法七一九条により各自連帯して本件事件による太郎らの損害を賠償する義務があるというべきである。

三、損害

太郎は、原告一郎、同はなの長男として昭和二一年七月一六日出生し、同三七年三月一八日前記松陵中学校を卒業し、右在学中の健康状態は普通ではあったが、成年に達した後においても身長が一三一センチメートルの小柄な体躯であったこと、同人が本件事件当時蒔絵職人であったことは当時者間に争いがなく、《証拠省略》を総合すると、次のとおりの各事実が認められる。

1  太郎は、原告一郎、同はなの長男として出生し、姉妹として姉美子、妹百子、同鶴子、同菊子がいるが、昭和三七年三月中学校を卒業し、その直後ころ輪島市二ッ屋町の蒔絵業磯上冨吉に弟子入りし、同人の指導のもとに蒔絵の作業等をして、蒔絵師になる修業をしていたが、昭和四七年ころにおいても蒔絵師として独立するに足りる技量を修得する(通常修業期間は五年とされている。)に至らず、なお二年は右磯上方で修業を要する状況であり、そのころ右修業を終えた蒔絵師であれば一か月金六万円以上の収入を得ていた(昭和五一年ころには金八万ないし金一〇万円であった。)が、太郎は、右の技量程度に至らないうえ、一日の勤務時間が右磯上が定めた八時間に満たないことが多かったことから、一か月約金三万円の収入を得ていたにすぎなかった。

そして、太郎は、昭和四七年八月ころ磯上方での修業(勤務)をやめ、他の蒔絵業者のもとで蒔絵仕事を始めたが、数か月にして同所をやめ、その後は臨時的に蒔絵業者からの委託仕事を行ない収入を得ていた(《証拠省略》によると、昭和四八年四月から六月までの間においては蒔絵仕事により、合計金七万三〇〇〇円の収入を得たことを認めることができるが、それ以上の収入を得ていたと認めるべき証拠はない。)ほか、一時飲食店の従業員をしたこともあった。しかし、太郎は昭和四八年六月ころまでに右磯上冨吉に対し人を介し、再び同人方で修業(勤務)をしたい旨申し入れ、右磯上においても太郎が直接申し出るならばこれを許し、使用する意思であったが、同月三日本件事件によって傷害を負い、輪島病院へ収容され、治療措置を受けたが、その効果なく同日午前八時五分死亡するに至った。

2  太郎は、中学校卒業後自宅において原告らと同居し、磯上方まで通勤していたが、昭和四六年四月ころから自宅から約一〇〇メートル離れた輪島市堀町一〇字二三の九の寺野清方に下宿を始めたところ、その二か月後ころから磯上方での勤務を精励せず、下宿代の支払さえ滞らせていたうえ、同四八年二月ころからは右下宿を出たまま、自宅にも寄りつかず、その間の太郎の生活状況は原告ら家族、右寺野清にも不明であった。

2  太郎は右磯上方で勤務していた間同人の妻、あるいは他の従業員との折り合いが悪く、人間関係に円滑を欠いていたが、磯上冨吉の指示には従い、磯上もその間の事情を承知して、太郎に対処したことにより、太郎は約一〇年の間同人方で勤務を続けえた状態であった。

以上の各事実が認められ、この認定に反する証拠はない。

そこで、右各事実に基づいて太郎らの損害を算定することとする。

(一)  治療費

《証拠省略》によると、太郎の輪島病院における治療費は金九六九六円で、原告一郎において支払済であることが認められる。

(二)  葬儀関係費

《証拠省略》によれば、原告一郎が太郎の葬儀を主宰して行ない、その費用及び仏壇、墓石購入費として約七五万円の支出を要したと認められるが、太郎の前記年令、職業、家族関係、社会的地位、生活状況等に鑑み、右の内金三〇万円を本件事件と相当因果関係に対つ損害と認めるのが正当である。

(三)  太郎の逸失利益

前記認定事実及び《証拠省略》によれば、太郎は遅くとも昭和四九年初めから同人が六〇才に達するまでの三二年の間蒔絵師として、磯上冨吉方の従業員等として稼働し、昭和四九年、同五〇年には少なくとも毎月金三万円、同五一年からは同じく金五万円の収入を得ることができたこと(右金員以上の収入を得ることが確実であったとの証拠はない。)、太郎が生存していれば支出を要すべき生活費は右収入の二分の一を超えるものではないことが認められ、右収入総額から、生活費及び年五分の割合による中間利息をホフマン方式(年別)によって、各控除すると、太郎が将来得るべきであった収入の逸失損害額は、金五四一万八四三二円と算定される。

ところで、原告両名は太郎の相続人の全部であることは当事者間に争いがないから、原告一郎、同はなは、太郎の右逸失損害賠償請求権を法定相続分(各二分の一)に応じて相続取得したものと認められる。

(四)  原告らの慰藉料

前記本件事件が発生するまでの経緯、態様、結果等に鑑み、太郎の両親である原告両名が右事件で太郎が死亡するに至ったことによって筆舌に尽し難い精神的苦痛を受けたものと推認され、右のほか、太郎の年令、家族関係等本件に現われた一切の事情を斟酌すると、原告両名の精神的損害に対する慰藉料額は各金二五〇万円を下らないのが相当と認められる。

(五)  弁護士費用

以上のとおり、被告三名各自に対し、本件事件に基づく損害賠償として、原告一郎は金五五一万八九一二円、同はなは金五二〇万九二一六円を請求しうべきところ、弁論の全趣旨によると、被告三名は任意の弁済をしないため、原告一郎は弁護士である原告両名訴訟代理人にその取立を委任し、その費用及び報酬として、金五〇万円を支払う旨約したと認められ、本件訴訟の難易、審理経過、原告両名らの損害額等に照らし、原告両名分として金五〇万円が弁護士費用相当損害であると認められる。

四、結論

右の次第であるから、被告三名は各自本件事件に基づく損害賠償として、原告一郎に対し金六〇一万八九一二円、同はなに対し金五二〇万九二一六円及び右各金員に対する本訴状送達日の翌日であることが記録上明らかな昭和五〇年一二月一九日から支払済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるから、原告両名の本訴請求は右の限度で正当として認容し、その余をいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 大出晃之)

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